昭和41年07月20日 朝の御理解
ある時四神金光様にある人が申し上げた。金光様私はあの私の居間に、御神誡を書いてそれを記念に兼装いたしました。そして自分の部屋に掲げさして頂きましてから朝晩それを眺めておりますとこう。御神誡をほんとこう、書いてみ教えを書いて信心をさして頂くならこんなことであってはならん。幼少の時を忘れて親に不幸なこと。といったようなその事が、ずっとこう十一か条ですか書いてございます。御神誡に。
で四神様が、それを夜眺めておるだけではいけない。ね。その一つのみ教えでも自分の物になったら一つ一つ消していくだと。どんどん。それが全部自分の物にならなければ信心じゃないぞと。まあ戒められたということでございます。眺めておるだけじゃいけませんですね。これだけはもう私の物になったと。小倉の初代桂先生が、近藤藤守先生の所で四神様の御神命によってご修行においでられた。
近藤先生が御本部参拝される時に、御結界の中の私んとこの机の引出しをみんなあけるなあ。大事な物が入っとるから。そして見ちゃならんぞと。開けちゃならんぞと。と、まあいつもそれを言うてはおいでられたらしいですね。そん時に、何とかと申しましたかね、ある先生が、修行生の方ですね。桂先生が広前で御用してられると、桂さん桂さん、ちょっとおいでっち、その御結界から呼ばれたんです。
行ってみられると私はもうほんとに、たいしたものをここで見せてもろうたぁ、今でこそ、教典が百何、百六十二箇条。ね。でも、ひとつの教典として15円か20円か出しますと金光教のいわゆる教典というもが全部書いてある。しかもそれに解説までついておる。けどその当時というのは、教祖の神様の教えられたというようなみ教えというものは非常にまれである。御本部参拝さして頂いてから、金光様からこういう事を頂いて来た。こういうみ教えがあったげな。まあ、先輩から聞いてはです、その教えの素晴らしさに、まあ教えを頂かれた時代でございます。
近藤藤守先生、その一人の神様の現在教典になっておりますところの言わば、まあ原点とでも申しましょうかね。それを、ずっとその手引かえされたものをここになおしてはそれを自分で、自分もそれを信心にしておられ、また教えられるところのまた、本になさったに違いございません。それをその、沢井先生っていう方、有名な先生がおられます。沢井先生がそこでその、ご修行中の頃、人間っちゃ見ちゃならんぞと言われりゃ、見るごた。開けちゃならんぞとっちゃ開けてみるごたるのが人間のつねなのです。開けてみたところがそこに、み教えが入ってるもんですからね、びっくりされた。
そしてそこでその、自分も手帳に全部筆記写された。して自分一人で見るものはもったいないと思われて、丁度桂先生がそこに見合わせられましたから、そのことを申し上げた。その事をその、桂さんあんたには見せてあげようというわけなんです。もう先生が帰ってもの見ちゃならんぞと。これ見せるから。もうそんないわゆるそのおかげも頂ける虎の巻のようなもんですから。もうこれさえ頂けばおかげ頂く。お徳を受ける。
そういう言わば、ああ、虎の巻ですから、それを見せて頂いてから喜ばないはずはない。そりゃ素晴らしい。と言うてご自分の手帳に1か条写された。そして、あとは、控えようとせずにこれをお返しますと言うて返された。あら、あんたもう、一回、それで書き写さんのかちゅうて、沢井さん、沢井先生、とてもとても教祖のみ教えやらです、このひとつのみ教えが私が一生かかってもです、ほんとに出来るか出来んかどうか分かりません。沢山いらんと言うて返された。
さすがに桂さんだというその、感心されたという話しが残っております。四神様のそのある信者に言われた、御神誡をほんとこの巻物したり、額にあげたりして、眺めておるだけじゃならんぞと。それはまあ、よかつのごと思うとるけど、こんな事なんにならん。その1か条1か条が全部真っ黒になるまで、消されていけば、これだけはこの教えだけは自分のものになったと言う、まあその御教えを消していきなさい。
と四神様は教えられたというようにです。私どもその教えをほんとに自分のものして行く、自分の血肉にしていくという信心がですね、どうも、椛目の場合は私、それを思うんですね。私はどうもあの、分からせてはおるけれども、行じさしていないそんな気がいたしますね。分からせてはあるけれども、ね、行じさしていない。いわゆる行じさせきらんでおる。それまでに頂いた事もない、言わば、み教えの深い解釈なんかを頂きます時には感心いたします。
私自身も、ああなるほどなあ、そうじゃない、み教えの心理と言うのはそこにあるとじゃろうというふうに、まあいろいろ分からして頂くんでございますけれども、それを私自身も行じて自分のものにしていない。皆さんも聞くばっかりでそれを自分のものにしていない。分からしてはおるけれども行じさしてはいないと言うようなものを感じるんです。昨日、東京から帰って来ております、稔さんがもうほんとにもう、いわゆるお座敷寿司ですよね。まあそこの様々な道具まで持ってきて、たくさんの寿司の材料を買い求めて、今度は東京からまでたくさんいろいろもって来ております。魚を。
そこにはドライアイスがありますから、まああちらのもうこちらでは手に入らないといったような寿司の材料がいろいろきておりました。まあほんとに久しぶりで、腹いっぱい食べさせてもらったんですけれども、そのお寿司を頂き頂きですね、稔さんが、こういう事私に話すんです。先生私十何年前、初めて椛目にお引き寄せ頂いた時に、また初めて先生にお寿司を握ってさし上げた時に、最後に先生はこげんおっしゃった。今日のお寿司はひとつも美味うなかった。
ほんに、ほんと失礼な事を言う。とまあ思うたに違いありませんよね。腹いっぱい食べとってから今日のお寿司はいっちょん美味うなかった。ね。どうもあんたの寿司は慢心がある。どれも鼻先に慢心がぶらさがっとる。慢心は慎まないかん。ね。慢心は大怪我の元だというような事を教えられながら最後にお寿司を召し上がった後にそういう事をおっしゃった事を私は今でもはっきり覚えさせて頂いて。まあ、これが私の、現在までのひとつの支えになっとる。
同時に、東京の者は非常にこの教えに本気で取り組む事に、その本気で取り組みます。姉さんの和子さん、徳久さんの息子の、まさはるさんが行っとります。その内田の公子さんが行っとります。そりゃあもう、公ちゃんなんかはもう、ほんとにその、よう腹かく、腹かくけれども、その腹かいたその後にです、もうその教えにもう本気で取り組んでおる姿に触れると、もうどうも言えん。
と言うてその、まああちら東京の皆さんもです、まあその本気で例えば椛目でいちいちお参りをさせて頂いり、お取次を頂きお願いをさせて頂いたり、教えを頂いたりということは出来ないけれどもです、自分の心の中に頂いておる、これだと思っておるそのみ教えがです、そういう何かの場合にはっきり出て来るんだと。そういう意味で椛目の方達の場合は、そういうようなものをまあ感じるというような話をしてるんです。
ね。まず自分達の一家の、いわゆるお父さんの信心をはじめ、皆の信心を眺めながらって、接しながら、椛目の信者さんに接しながらです、私どもぐらいに、例えば先生の教えてくださる事に本気になったら、椛目がもっともっとおかげ頂かなくてはならんはずだと言うわけなんです。話を聞きながら私責任を感じますですね。なるほど私はどうも教えてはおる確かに、ね、分からしてはおるけれども、いわゆる本気でその教えに取り組ましていない、行じさしていないという事を感じたんです。
昨夜の私お風呂で、栄四郎から言われたことがある。私はほんとに確かにそうなんです。背中を洗ってやる。あの人も私をちゃんと背中を洗ってくれる。だけん私も背中、もう背中だけしか洗ってやらんよ。もうちゃんともう、自分で洗えるとこだけは洗わな、もう洗わなでけん。だから背中だけ洗うてやろうと言うて、そう言いながら私はもう、もうそれこそ、手も足もどこもとにかく洗ってやるんです。
それを指摘して昨日言うんですよ。お父さんは、しゃっち背中だけしか洗うてやらんっち言うちからどこでも洗うちやんのっち、そげん言いよっとです。日頃の私の正常の中にですね、そのようなのがある。ですからいつまでたってもそのぼく、一人で洗う事をせんっち言うわけです。背中だけしか洗うちゃらんぞと口では言いながら、実際は、もう手も足もどこもここも洗うてやる。
私も皆さんに、そういったやっぱよく似た事を、言うておるように思うのです。ね。さあ、これから先は、皆さんひとつ練らないけませんよと言いながら、その事はまた次も、その答えを出しておるような気がする。自分で練り出せない。自分の体験から、ああ、先生がおっしゃったのはこの事であったというふうに分からせよらん。これはほんとに、分からせるだけ脳ではないな、ほんとに皆にも、練り出させないけないなと、言った様なことを感じたんです。ね。
四神様のそのお話といい、桂先生のそのお話といい、ね、稔さんの、話といいです、いきいきとしてです、その教えが、自分を支えておるといったような教えが、皆さんがめいめい、なにかもうちょい、ほんとに自分のこれだと言ったようなものを、いよいよその事に取り組まれておられる方が椛目にはいくらおるだろうか。もちろん、そのひとつだけ覚えたからってわけにはいきません。ね。
四神様がおっしゃるように、その教えの一つ一つを自分の物にして、それを消していく。これだけはもう、教え練らなくても、眺めなくても自分のものになったというものは消していかなければならん。ほこにしていかないかん。真っ黒。ね。そこに信心はいよいよこうしゃになるだけではなくて、いきいきと信心が皆さんを支えていく。おかげになる、それを徳にしていく事の出来れるわけなんです。
ここも私の言わば、言わば説明過剰とでも申しましょうかね。あまり噛んで含めるように、伝えすぎるようなものを確かに感じます。ですから、皆さんそこんところをです、ね、自分を支えておる、それは自分を支えておるんと違うんですよ。ね。めぐりの程度も違やあ、また信心の、まあその、まあ性格、個性というものがあるのですから、これだけは私の独壇場といったようなものをですね稔さんが、この慢心と言うこと、慢心は大怪我の元になるぞと。
というのも自分の信心のひとつの支えにしておるように。そうした本気の取り組みになるとね、桂先生もう一カ条で結構でございますちゅう。ね。言わば信心の、言うなら免許皆伝も、その巻き物にも等しい様な、トラの巻とも思われるようなみ教えを目の前に出されてもですとてもそれだけ、ああ私はいりません。一か条だけ頂きましょうと言われた様ににですよ、それだけでも本気で取り組むということは大変な事だと言われたぐらいにです。私はそう言う意気込みを持って、私どもは接していかなければならん。
なるほど、御理解は椛目の魅力と言われております。ね。ですから、まあ、ある意味合いにおいてはです、なるほど、御理解に引かれてるのじゃなあ、お参りをしてる人も沢山ございましょう。けれどその御理解がほんとに自分のものになる。血肉になって、そしておかげを受けて徳になっていくと言うおかげに楽しみが感じられるところまで、信心をですね、教えに取り組む事をです、本気にならなければいけないと思うですね。
どうぞ。